細々と更新しています
GWに九州で見たバス画像シリーズ。 PR
ネタ補給も無いため長く続いたGWに九州で見たバスシリーズも最終章に突入です。
今回は宮崎県全域に路線網を展開する宮崎交通のバス画像よせ集めです。 宮崎交通は1926年に設立された宮崎市街自動車を祖とし、県内に複数存在したバス 事業者・鉄道事業者を戦時統合の後押しもあって、1県1社体制となった事業者です。 これは創業者であり、「宮崎観光の父」ともいわれる岩切章太郎の力によるところが大 きいのでしょうが、以後宮崎県の発展とともに県内を代表する企業として事業規模を拡 大していきます。風向きが変わったのはレジャーの多様化により観光宮崎の地位が低 下していったことと、それを挽回するために県とともに進めた巨額のリゾート事業の負 債。2005年に自主再建を断念し、現在は産業再生機構の支援のもと設立された宮交 ホールディングスの傘下となり経営再建が進められています。 ということで、宮交シティや宮崎駅前で見た車両を並べていきますが、まずは在籍する 一般乗合車の半数を占めると思われる88年までに導入されたP規制の9m車(いわゆる 中型車)画像を並べていきます。 なお、型式・年式は「宮崎交通所有車両全データ」『バスマガジン16号』(2006), 三推社/講談社を参照しました。 宮崎22か530.K-RJ172BA(83年式)。 数年前までバスマガで言うところのネオクラシックバスが現役だった宮崎交通ですが、 現在の最古参はおそらく83年登録の車両と推測。ちなみに小生が見た最古参車は画 像の元祖1つ目レインボー。参考資料によればK規制車ですが、前面行先表示部が屋 根側に出っ張っていないP規制車同様のボディです。
GWに九州で見たバス画像のよせ集め。
長崎県交通局編その3では日野車と県外高速車画像を並べていきます。バスを扱う様々 なブログやサイト、投稿画像などを拝見しますと長崎県交通局ではここ数ヶ月に驚きの移 籍車導入がありました。分かっていればGWに行かなかったのに・・・。松江市交通局とい い、結果論ですがまたもや早く出かけてしまったようです。 なお、型式・年式等についてですが、長崎県交通局はかつてバスラマの事業者訪問で取り 上げられたこともあるのですが、小生は持ち合わせていないので省略しています。 あらかじめ御了承願います。 局番:3A16. 同時期導入の三菱ふそう車は黒サッシでしたが日野車は銀サッシが標準だった模様。 無線中継所前へ行っていたこともあり、日野車でリヤ側を記録できたのはこの車両のみ という体たらく。
まさかこのような体制になるとは・・・。
バス事業の分社を巡ってここ数年労使間の対立が見られた相模鉄道。実際にストライキ も起き、バス事業の分社化は凍結状態にありました。そこで相模鉄道は鉄道事業を分社 化するというコペルニクス的転換でこの問題を解決しました。冒頭の感想は、このニュー スを知ったときの小生のつぶやきです。 鉄道事業を分社した相模鉄道本体は相鉄ホールディングスと改称し、字的に持株会社の ようにも見えますが、バス事業も運営するという、なんとも複雑な存在となりました。 社番:3551. 相鉄ホールディングスに変わったといっても、緑帯のカラーの車両に変化は見られず。 ちなみにこの車両は最近までラッピング広告車だった関係からか、後部側面にあるはずの グループマークとロゴがありません。 社番:3558. ラッピング車もご覧の通り。 社番:1257. 大型車もこんな感じ。 むしろ気になるのは、小豆色カラーの復刻旧塗装の車両なんですが・・・、求情報。 |
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